リスクマネジメント【セクハラ・パワハラ】

リスクマネジメント【セクハラ・パワハラ】

──私は、いたって柔和で温厚です。

 

いきなりなんだと思われるかもしれませんが、こんなことを言うと、私の妻などは即答で「ありえない!!」と全否定してきます。

妻に言わせれば、私などが隣にいるだけで、職場の後輩や学生などは圧迫感を感じ、目を合わせてしまったら、ヘビに睨まれたカエルか、メデューサに見られた人間となってしまい、即座にパワハラ該当だとのこと。

更に不本意なのは、私と妻のどちらが正しいか多数決を取ると、圧倒的な比率で妻に支持者が集まってしまうことです。

自分で言うのもなんですが、私ほど物静かでそばにいるだけで癒し効果をかもし出す人間も、少ないと思うんですがねえ。。。

ともかく最近は何かとセクハラだパワハラだと騒がれているので、パワハラ大王の私が述べていきたいと思います。

 

セクハラについて──

損を承知でセクハラする男たち

前述の通り、セクハラ発言やセクハラ行為で炎上の挙句、辞任に追い込まれる著名人は後を絶たない状態です。

私がニュースをみてまず思うのは、加害者の社会的ステータスが高ければ高いほど、その家族がこうむるダメージは大きいだろうな、という家族に対する同情ですね。

それまでは『○○のご子息』とか『ご令嬢』とか言われて周囲から一目置かれていたのが、一夜にして一転、というわけです。

その人の孫なんて、たまったもんじゃありませんよね。

ニュースが流れた翌日から、学校でここぞとばかりに的にかけられたりするんだろうな、とか私などは想像力を豊かにしてしまうわけです(個人のイメージです)。

自分ならセクハラなんかで晩節を汚すのだけは、ごめんこうむりたいものですけどね。

 

セクハラは、男が圧倒的に不利!

でもその一方で、モヤモヤしたものが胸中に宿るわけです。

──被害者側の一方的な主張だけで、大の大人が辞任にまで追い込まれた挙句、あとでえん罪(罪ではないが)だった場合はどうするんだろうか、と。

誤解のないように言いますが、私は被害者の女性が嘘をついているとか、セクハラが正しいと言っているわけではありません。

 

例えば、被害にあった女性職員が『自分が口をつけたコップで酒を飲むように強要された』と訴えているとします。

それを聞いてあなたは「上司の立場を利用して、なんというヒワイな!!」と眼をむくかもしれませんが、ヒワイなのはあなたのイメージ像です。少し落ち着きましょう。

私も何回も経験がありますが、職場の飲み会などで、私が上司にお酒を注ぐと、上司は酒を飲んだ後にコップを振って水気を切り、「ご返杯」と言って今度は私に酒を注いでくれるわけです。

返杯を真っ向から断れば、場がシラケるのは火を見るよりも明らか。

飲まないという選択肢はないのですが、私がその上司をどれだけ嫌いかで『強要』と言えてしまうのです。

だから上司の方では相手が女性かどうかというのも含め、相手から見た自分がどのような存在かを想像する必要があったという事ですね。

 

空気を読もう。

私の教員時代の話をしましょう。

私は女子生徒にあいさつ代わりに、「おっ、今日めっちゃ可愛くめかしこんでるなあ。学校終わったらデートか?」とからかって、相手が赤面するさまを見て自分の青春時代をほほえましく懐かしんでいたものです。

仮に私がゲスキモ顔で「きょ今日はきききキレイだよ。この後はデデデデートかかなあなんて。デュフフフ♡」などと言えば、10000パーセントの確率でセクハラ認定ですよね。

下手をすればストーカー規制法にも引っかかって職を追われるかもしれません。

でも重要なのは見た目や話し方がどうかではなくて、どれだけ爽やかな言葉を爽やかに言えたとしても相手が自分をキモいと断定すればセクハラが成立してしまう。

つまりあなたの存在自体が特定の異性にキモ認定されている場合、何をしてもその人にはセクハラで訴えられる危険があるということ。

結局は自分が相手や周囲にどう思われているのか、常日頃からアンテナを張っておくことがリスクの発生を防ぐ手段です。

ただ、女性の訴えに対してマスコミが乗っかって世論を煽り、相手を社会的に抹殺するまで炎上させるやり方は、女性にとってもリスキーじゃないのかな、と個人的に思うわけです。

まあ、今までは一方的に女性が泣き寝入りしていたわけですから、少しは風通しがよくなっていいんじゃないでしょうか。

 

パワハラについて──

パワハラとセクハラの類似点

私は教員時代、臨床で働くことに対してあまりにもタカをくくるような態度をとった学生に対しては、非常に厳しく対応していました。

妻にパワハラ大王呼ばわりされる所以です。

当たり前ですが暴力はふるっていませんよ。誤解がないようにw

 

──ではなぜ私はパワハラで訴えられなかったんでしょうか?

 

運──もあるでしょうが、それで片づけては話にもなりませんw

私が学生を叱咤する時はその理由を明確にしていましたし、学生の方でも私がなぜ厳しく指導するのかを理解してくれていたからではないでしょうか?他の教員のフォローも大きかったでしょう。

自分の存在をはじめとした、言動すべてを周囲に理解されているか──。

このことを自分自身のアンテナで正確に認識できていれば、パワハラにならないと思います。

つまり相互信頼の確認ですね。

これって前述のセクハラと同じなんです。

独りよがりの言動は理解されないだけでなく、パワハラと受け取られる温床にもなりかねません。

 

もうひとつ、他人に強いるだけのことをあなたが実践できていないと、相手は理不尽に感じ、パワハラで訴えられる可能性が上がります。

私が最後に勤務した学校では、許可制で学生のバイク通学を認めていました。

しかしその学校の立地は三駅の徒歩圏内で、どうしてもバイク通学しなければならない理由がなかったので、私の担当クラスに限りバイク通学を一切許可しませんでした。

実際に通学中の事故で重傷を負う上級生が後を絶ちませんでしたし。

そのかわり私も奈良から摂津への車通勤を控えることで筋を通しました。

それをみてかどうかは解りませんが、クラスの学生たちから表立ってのクレームはありませんでした。

他人に厳しくするなら自分もそれに当てはめるというのは当然だと思います。

 

なんだかんだと自己正当化になりましたが、私がまた教員をやるならば、前とは少し違うやり方で学生に接したいと思いますね。

 

ある悲しい話──

──ある学生の話をします。

その学生は、私が勤務していた学校の夜間部の学生で、私が担当していた昼間部クラスと同年入学でした。

もちろん彼のクラスに複数の授業で入っていましたし、彼の成績もトップクラスだったのでよく覚えています。

ただ、彼には少しメンタル面での弱さがあるようで、それが原因で臨床実習が中止となり、結果留年します。

そして次年度の実習で再起を図るわけですが、その実習中に家族に遺書を遺し、自ら命を絶ってしまいます。

彼の遺族は実習の過酷なパワハラと、それを看過した学校に自殺の原因と責任があるとして、実習施設と学校法人を相手取って民事で訴訟を起こします。

まだ係争中(平成30年6月末に地裁判決)なので、学校や実習施設についてのコメントは控えたいと思います。

 

リハビリ職種の業界は患者への治療のかたわら、学会とか論文とか研修会などといった、非常にアカデミックな一面もあります。

しかしその一方で、なにも逆らえない学生に精神論や根性論を振りかざし、『指導』という名のハラスメント【嫌がらせ】が黙認されているという闇も存在しています。

私はそのこと自体がこの業界全体を貶めている気がして残念でならないのです──。

 

ラクをしたい人は何もしないほうが賢明。

セラピストの本分は患者の機能回復です。

リハビリの際、患者は様々な条件や環境のもとで動作練習を行い、仮に失敗したらセラピストが条件を変更して動作の成功率をあげます。

その成功体験と失敗体験の無数の積み重ねで、最終的には目標を達成するのです。

失敗した患者に「何でできないんだ⁉」と叱責するエセセラピストはいませんよね?

しかし学生相手には普通にやってしまうのは、指導者が一方的に学生に対して能力を期待しているからじゃないでしょうか。

『学生はこうあるべき』と──

それってたんなる【依存】だと私は思うんですよね。

勝手に【依存】しておいて裏切られれば逆ギレなんて、学生にしてみればたまったものじゃありません。

ラクしようとしたのにアテが外れたからムカついてるのと同じです。

自分が学生の時はもっと厳しかったですって──?

その意味不明なリクツにとらわれて、自らをバージョンアップできない人は、自分が被告席に座る前に実習指導から足を洗った方がいいです。

それもリスクコントロールの有効な手段ですよ。

 

学生の行動を観察し、問題点を階層的に抽出し、目標が達成できるよう指導プログラムを立案する──。

そしてそのプロセスを学生本人に説明し、同意を得るのです。

まるでリハプロセスであり、しんどくて面倒なことではありますが、学生の理解を得られやすく、指導が多少厳しめになろうとも理不尽に感じられることは少ないと思います。

 

まとめ

私は阪神・楽天を優勝に導いた故 星野監督や女子シンクロの井村監督、有名な日体大集団行動の清原監督のような、血のにじむような厳しい指導も必要ではないかと考えています。

彼らの指導場面を見ていると、これってパワハラじゃないのかって言いたくなるほどの怒声、罵声のオンパレードなんです。

でもこのお三方に共通するのは、この人についていけば勝てる、という選手からの全幅の信頼を得ているところです。

どれだけ面罵に等しいキツイ指導でも、選手や学生が納得・理解できていれば、パワハラではなくそれは指導なんです。

 

──だからといって、安心は禁物です。

何かの拍子に指導者の信頼が地に落ちれば、いつでもパワハラ特定されてしまうリスクがありますからね。

徐々に時代にそぐわなくなっているやり方ではあるのですよ。

 

長くなりましたので、まとめましょう‼

ハラスメントかそうでないかは、受け手の認識によって変化し、指導者との信頼度と相関関係にある。

ここまで読んでいただいてありがとうございました‼

 

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