42㎞の旅を終えて――

42㎞の旅を終えて――

2017年も3万人が大阪市内を駆け巡りました。

 

幸運にも私は、2012年、2015年に続き、今年で3回目の参加を果たすことができました。

今回はタイム更新が目的ではなく、純粋に楽しもうと決めていたので、私的にはリラックスしてスタートラインに立つことができました。

ただし、完走しなければ楽しみも何もありませんので、半年前から定期的に走りこむなど、身体作りには余念がありませんでした。

一週間前の大会当日の天気予報は雨だったので、当日になるまでヤキモキしていましたが、当日の朝は雲が多いものの晴れ間が見えていたのでほっと一安心です。

現地に到着し、早々に手荷物を預け、自分に振り分けられたブロックに移動します。

大阪城公園内を移動。

スタート地点に到着すると、友人同士で談笑する人、入念にストレッチする人、身体を冷やさないように小刻みに手足を動かす人——

みな、来るべき号砲を今か今かと待ち構えています。

その頭上には煌めく朝日が降り注ぎ、報道のヘリコプターが朝の冷気を揺るがしながら飛び交います。

いよいよスタート!!

そこは和やかさと緊張感がブレンドされた、普段ではありえない雰囲気に包まれているのです。

私は、またここに帰って来た懐かしさと、これからの長い道のりを想像してのワクワク感に包まれながら、周りと同じくスタートの瞬間を待っています。

そして午前9時に号砲、いよいよ長い旅の始まりです——

 

0~10㎞地点

大阪府庁前を出発し、本町通から中央大通りに合流するのもつかの間、森ノ宮駅手前の玉造筋を南下していきます。

体内で熱が産生され、徐々に周囲の冷気が気にならなくなってきます。でもまだ序盤中の序盤——

このあたりでお笑いタレントのゆりやんさんを目撃。早歩き程度のものすごいローペース。無事ゴールできるんだろうか?

真田幸村ゆかりの地の真田山を越え、焼き肉の街、鶴橋に差しかかります。でもこの時間帯はいつもの焼肉臭は漂っていません。

 

上本町のシェラトン都ホテル大阪にさしかかった頃、私はひとつの誤算に気づきました。

――想定よりも周囲のペースが速すぎるのです。

私は半年前に目標タイムを5時間、つまり7分/kmのペースでエントリーし、相応のグループに振り分けられたと思っていたのです。

ところが周囲のペースは6.5分/km。トレーニングでも7分のペースを超えた事はなく、一抹の不安がよぎります。

が、6.5分以上で走らなければ大丈夫と思い直し、再び旅を楽しむことに専念します。

 

谷町筋を横切ったあたりから、意外とこの千日前筋、アップダウンがあることがわかります。。

わずかな下りでは、かなりの先方までランナーが見渡すことができ、上下にゆれる無数の原色の帽子が、縁日のスーパーボールすくいを連想させます。

リアルピカチュウ!?

あっという間に5㎞地点を通過し、1回目の難波交差点を右折し、『御堂筋の逆走』が始まります。

OPAや大丸の他、名だたるブランドショップを左右に眺めやりながら、この御堂筋を今、自分たちが占有している、という優越感に浸れる瞬間です。

これだけでも高いエントリー料を払った甲斐があったというもの。

今日だけは御堂筋逆走OK!

 

ちなみにこのあたりでランナーとして参加されている吉村大阪市長を発見。私の応援に、手を振って応えてくれました。

船場を超え、淀屋橋で集団は東側へ右折し、片町の折り返し地点に向かいます。

この淀屋橋~片町は御堂筋北上より若干短いのですが、私はこの距離がいつも長く感じます。御堂筋にくらべて道の幅が狭いせいでしょうか?

10~20㎞地点

10㎞を超えて右手を向くと、何だか記憶に新しい建物が。

よく思い出してみると、スタート前の待機場所にあった、ドーンセンターでした。ちょうどここで1周してきたことになります。

やっと片町で折り返して来た道をもどり、北浜1丁目交差点で難波橋を渡ります。

このあたりで妻が応援してくれているはずでしたが、お互いがお互いを認知することができませんでした。

夫婦のすれ違いというやつは、このようなところから現れるのかもしれませんw

 

ここからが御堂筋に匹敵するほど私が大好きな、中之島ポイントです。

なぜ好きなのかというと、応援もにぎやかですし、これまでのゴチャゴチャとした街並みから、中央公会堂、中之島図書館、日銀、大阪市役所と、レトロな建物に美を感じるからかもしれません。あと、掛かっている橋もステキですね。

中ノ島中央公会堂。

 

中之島エリアはすぐに終わり、今度は御堂筋を3㎞南下することになります。

来た道を戻るというのは、極めて面白くない作業に思えますが、進行方向が変わると全く違う景色になるから不思議です。

そもそも、まったく自動車がいない御堂筋なら、いくらでも走りたいくらいですしw

 

2回目の難波交差点を右折し、千日前筋を西へ向かいます。

この辺りでスタートから17~18kmのあたりですが、脚はまだまだ張りも痛みもありません。ペースも6.5分/kmで維持できています。身体との相談の結果、このまま行こうという事になりました。

まもなく、特徴的なFM OSAKAの建物が見えてくる湊町エリア。頭上を見上げると、クネクネと複雑に入り組んだ高架道路がまるで芸術作品の様。

そのまま西に進み、大正橋を渡る途中から、京セラドームの威容から目を離せなくなります。

一瞬だけドームが見えた!

しかしホームセンターとショッピングモールに阻まれ、全容が拝めるのはほんの一瞬でした。

そういえばこのあたりで旭ポン酢の着ぐるみ出現。普通に走るのも大変なのに、本当に尊敬してしまう。ちなみにその着ぐるみ、どこで売っているのでしょう?

醤油じゃなくて、旭ポン酢です。

20~30km地点

京セラドームエリアから難波へ戻る途中で、21.1kmの中間点のフラッグが。

ここで「今までと同じ距離を、これからもう一回走るのか」とは絶対に考えてはいけません。折れるからw

周りをみると、痛みをかばうようなフォームで走っているランナーがチラホラと。

まだ先は長いぞ、頑張れ!!

 

3回目の難波交差点を3度右折すると、いきなり南海難波駅となんばパークスが視界に飛び込んできます。ここも私の好きなスポット。

車が全くないのは今日だけ。

 

ここにクルマが一台もなく、ランナーだけで埋め尽くされる光景なんて、それこそこの時しか見られませんから。

難波エリアを超えると、今度は大阪で最もコテコテのエリア、大国町~今宮戎~西成地区です。

この辺りから異様な頻度で「スーパー玉〇」を見かけるようになります。我々の地域での「万〇」みたいなものですね。

ちなみに戎神社前の折り返し地点で、私は通天閣を拝めたことが一度もないのですが、どなたか見れたという方、いらっしゃいませんか?

 

さあ、さらにコテコテの西成ゾーンに入ったところで、TVスタッフのゼッケンをつけた人だかりが。。。

今度はどの芸能人かと思い、追い抜きざま顔を確かめようとするも、なかなか追い抜かせず。

やっとのことで追い抜き確認すると、インタビュアーと談笑している亀田大毅さんが。思ったより小柄。

それにしてもそこそこのペースを維持しながら息を乱さず話し続けるとは、さすがボクサーですね。

 

30km~ゴール地点!!

「30kmの壁」――

マラソンをやっていれば必ず立ちはだかるハードルです。

私はこの壁を打破するために、トレーニングで月間200kmを走りこんできました。

そこで大事だと思ったのは、30km以上走っても、「そこに壁なんかないんだ」と念じることです。

さて、大阪マラソンの30km地点は、国道26号線を南下し、玉出交差点の直前くらいでしょうか。

歩く人はさらに増え、走っている人もまだ使い切っていない筋肉を探し探し走っているのが姿勢や動きから見て取れます。まさに満身創痍。

大阪名物、たこ焼き。
卵焼きとシュークリーム。
唐揚げ。
冷やしパイン。ゲップ。。。

 

おおよそ33km地点に住之江公園があるのですが、ここは大阪マラソン最大の給食所でもあります。

たこ焼き、コロッケ、卵焼き、細巻き、いなり寿司、から揚げ等々。。。

ここまで走ってきたランナーは、例外なく空腹です。かく言う私も、大皿に乗った山盛りのごちそうを、ワシづかみで取らないよう気持ちを抑えるのに少なからず忍耐心を必要としました。

それほどの猛烈な空腹なのです。

私も流れ出た塩分とエネルギーを補うため、それぞれひとつずついただきました。ちょっと食べ過ぎたかなw

でもあまりゆっくりはしてられません。タイムを追求していないとはいえ、疲労のたまった脚をあまり休めると足がカチカチになってしまい、再起動が困難になるからです。

ちなみに私は前回の参加ではここで脚を使い果たし、完走は果たしたものの目標タイムは断念せざるを得ませんでした。

自分の苦い経験から、すでに歩いている人は、これから痛みの程度と頻度が大きくなり、反比例するように速度は落ちていくことを知っています。

要するに、苦痛は増えるがゴールがなかなかできないという地獄の苦しみが待っているのです。

そんな私も高みの見物というわけにもいきません。やはり想定していたペースを上回って走っていたせいか、下肢全体の硬度が増したような違和感を感じていました。

残りはあと8kmですが、ただの8kmではありません。ラスト5km地点にはあの南港大橋が鎮座しているのです。

20mともいわれる橋の高低差も織り込んだうえで、残りのペース配分をアタマの中で素早く組み立てねばなりません。

そして南港大橋。頭上には大音量でコブクロの『42.195km』

何回走ってもキツい。。。

ほとんどトドメです。

最後の砦、南港大橋!

ほうほうの体で大橋越えをクリアしたものの、ここからは応援の人影がグッと少なくなります。

ここにきて、声援によってどれだけエネルギーを貰っていたか、いやというほど思い知らされます。

聞こえるのは他のランナーのヨレヨレの足音と喘鳴のみ。

クネクネと左右に曲がるので、方向感覚はマヒしてしまい、ゴール近くのコスモタワーがなかなか見つけることができず、焦りに拍車がかかります。

残距離はわずかというのは理解しているのですが、ゴール近くにあるはずのコスモタワーが見えてこないので、実はまだけっこう走らなあかんのんとちゃうん?なんて考えが脳裏をよぎります。

でもまあせっかくの大阪マラソン、最後まで楽しまないとソンソン。

あきらめへん人にだけ ゴールはやってくる!!

 

次第に意識下に侵入してくる下半身の痛覚をなんとか追い出しながら、ビルの上に巨大なツリーが刺さったようなドコモ大阪南港ビルの傍らをぬけると――

コスモタワーが予想外の大きさで現れ、思わず声を上げそうになります。

いつの間にかゴールは目前。

ついさっきまでゴールに恋焦がれるほどだったのに、あとわずかで終わりとなると、急に切なくなるワガママな私。

ゴールが見えるとスパートをかけるようなことはせず(そんな脚力ももはや残ってませんがw)、かみしめるように走りながらゴールイン。

疲れが吹き飛ぶ瞬間!!

 

なぜ走り続けるのか――

ボランティアスタッフに完走記念のタオルとメダルを首にかけてもらい、手荷物を受け取り、着替えるためにしゃがもうとしますが、膝が曲がりません。

苦労しながら腰をおろし、靴下を脱いでみると、右足の親指の爪下が内出血をおこし、見事に真っ黒に変色しています。どうりで痛かったはずだわ。

ここまでして走るなんて、バカだな。

冗談交じりで妻によくいわれます。

そんなしんどい思いまでして走る意味がわからん、とも言った人もいました。

自分でもよくわからなくなる事もありますね。なんでかなって。

でもやめるのは当面無理ですねw

体系も若々しい状態で維持できますしww

 

自分にとってマラソンって、色々なことに立ち向かうのに必要なバイタリティを鍛える儀式なんです。

何事も始めからムリと決まっているのではなく、自分がムリだと決めてしまうんだと思えるんです。

 

減量目的だけで始めたこの趣味も、こんなに哲学的な理由で続けることになるとは当初は予想もしませんでしたが、これからも走ることでいろいろな発見があればいいな、と思います。

難しいことはさておき、今晩はひたすら肉食うぞ~~!!

長いドラマの最後を飾る完走メダル。

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