実習生指導を今こそ考えよう①

実習生指導を今こそ考えよう①

平成30年6月28日、ある裁判の判決が下りました。

主文、被告らは、原告に対し、連帯して6100万円を支払え──

 

理学療法士を目指していた学生の自死に端を発したこの裁判は、原告側の勝訴で報われる結果となりました。

とはいえ被告側は控訴する構えで、遺族にとってはまだまだ長い闘いになりそうです。

 

事のてん末。

平成25年の夏──

理学療法士を目指していた、近畿リハビリテーション学院夜間部3年生の大野さんは、総合実習を前に緊張していました。

前年度に実習単位不足で留年し、これ以上家族に迷惑はかけられないという気負いがあったのかもしれず、また、彼はすでに就職が内定しており、失敗は許されないというプレッシャーを感じていたのかもしれません。

実習が始まると、連日午前2~3時まで提出物の作成に費やすようになります。

加えて──。

実習で患者への検査測定中に「意味がないから中止」と明確な理由もなく中断させられたり、中断された検査を翌日の提出物に記載しなかったことに対し、「これはボイコットしているのと同じ」と決めつけられ、「帰るか」と帰宅を促されます。

後日も強い叱責と帰宅の促しがあり、追い詰められた心境を同級生や担当教員にメールなどで伝えていたようです。

またこのころから、ストレスによるものと思われる、身体の強い痛みを訴えています。

 

そして平成25年11月29日──

実習施設で大野さんが、実習指導者をはじめ施設のセラピストに担当患者についての症例発表をする当日です。

彼は忘れものをしたので家に取りにかえると担当指導者に告げ、そのまま失踪したのです。

 

その翌日──

実習施設からは遠く離れた神戸市の公園で、既に自死した状態で発見されました。

大野さんは平成22年の春、理学療法士への道を歩み始めましたが、その道だけでなく生涯までも自らの手で断つことになろうとは、夢にも思わなかったでしょうし、何よりも無念だったでしょう──。

 

彼は奥さんに宛てて、手紙を遺していました。

何から書いたらいいのかな。

一年前のあの時(前年度の留年)、やらなかった事。結局一年前と同じところに戻ってきた。一年間ずっと忘れられなかった。

周囲に助けられて生きてきたけど、最後はやっぱりこうなると思っていた。本当にもう無理。

情けない自分とこれ以上向き合えません。

もう終わらせたい。本当に自分勝手ですいません。

 

──以上の経過は、裁判訴状から一部抜粋しています。

 

おことわり──

私は彼の担任ではありませんでしたが、近畿リハビリテーション学院の教員でした(平成24年度末退職)。

教員だったからといって、私は学校側の立場でこの記事を書くつもりもありませんし、被告を擁護するつもりなど毛頭ありません。

そしてもっとするつもりがないのが、「タラレバ」の話です。

 

もっとこうできたはず

とか、

こうしていれば、彼は死なずにすんだ

などという無責任かつ高飛車な発言は、彼と彼にかかわってきたすべての人を愚弄する行為でしかありません。

 

繰り返しになりますが、以上の理由で過程での話はしませんので、ご理解いただきたいと思います。

 

あなたは指導者としてどんなタイプ?

リスキーな実習指導者。

あなたは居丈高な態度で学生に圧迫感を与える実習指導者になってはいませんか?

もしそうなら、これから述べることを心に留めておいてください。

 

そういう指導者の教育を今まで見てきて、共通する特徴があります。

 

──それは肝心の指導内容が、学生の記憶にあまり残っていないことです。

 

学生も人間ですので、進級や卒業がかかった実習では、できるだけ長いものに巻かれようとします。

自分はシロじゃないかって思うけど、この指導者に『敵認定』されて人生狂わせるのもバカバカしいからクロって言っとこ♡

 

もうこの時点で、学生に『短絡的でめんどくさい人』って思われていますよね?

結果、学生の中には指導者のクセのあるキャラと、この実習は忖度の連続だったという記憶だけが残るわけです。

それって指導する側にとって、本意なんでしょうかねえ──。

 

酷い人になると、学校や教員をこき下ろして自分をエラく見せようとする輩もいます。

「お前の学校は、その程度のことも教えていないのか?」という調子です。

たとえその言い分が間違っていなかったとして、学校をこき下ろすのが指導者として高尚なやり方だとは思えません。

 

以上をふまえた上で、このご時世にそのやりかたで学生指導をしている人に問いたいです。

 

──自分がけっこうリスキーなスタンスを貫いているということを自覚していないんですか?

 

教員の立場だった時も、実習先でハラスメントが好きなセラピストはいました。

学生が気に入らない言動をとると、数日間も学生の存在を無視したり、公衆の面前で罵倒したりと、「誰得⁉」といいたくなる振る舞いをするんです。

 

今、そんなことをして下手をすれば、音速で親が飛んで来ます。

あなたはその時、自分が学生に対して行ったふるまいの正当性を親に説明できますか?

 

説明できる?

それは余計なことを申し上げました。

どうぞご自分の信じる道をひたすら突き進んでください。

 

ですが、ひとつだけ言わせてください。

あなたが言う正当性というものは、常に第三者が最終的に判断するのであり、当事者であるあなたに決定権は1ミリもありません。

現に裁判というものは、ジャッジメント自体を司法という第三者に委ねるシステムなわけですよね?

自分の指導上のふるまいが問題となった時にそなえて、今のうちに5W1Hで説明できるようにしておいた方が賢明ですよ。

何もなかったあなたはただ単にラッキーだっただけ。

ここまで挙げた、実習中止を匂わせるような言動やネグレクト(無視)、威圧的な態度などなど。。。

もう一度お訊きしますが、あなたはパワハラかそれに近いことを、学生に対して行ったことはありませんか?

 

心当たりがある方に断言しておきます──。

 

今までに何もなかったのは自分が単に幸運だったからと、一刻も早く悟りましょう。

そして今からそれらの行いを改めることを強くお勧めします。

 

なぜならあなたのそのパワハラは、リスクマネジメントでいう不安全行動にあたるからです。

リスクマネジメント【負うべき責任と事故の法則】

 

要するに指導側のパワハラじみた態度は、例えるとスマホを注視しながら車の運転をするようなものです。

結局、何も起こらないかもしれませんが、かなりリスキーな行為です。

 

だいたい威圧的な態度をとられて、劇的にポテンシャルがアップする学生なんていますか?

教育的に考えても、ぜんぜんロジカルじゃないと思います。

 

学生もさまざまなものを背負っている。

私は、近畿リハビリテーション学院に所属する以前は、ある学校の夜間部の担任だった事もあり、これはその頃の話です──

 

実習も間近に控えたある日、学生が臨床実習で患者に対して的確な判断や行動ができるように、演習を行っていました。

実習指導者役や患者役の人もそろえ、実習さながらの真剣さです。

しかし私の担当クラスの学生の一人が、伸び放題のボサボサの髪の毛で、その演習に参加していました。

 

もちろん髪型で学生の能力が変わるわけではありませんが、まずは印象です。

なによりも演習には実習と同じ格好で臨むように、前もって指示しているのです。

 

私は彼を演習終了後に呼び出しました。

彼は演習までに散髪をしておかなかったことをすぐに詫びました。

散髪代がどうしてもなく、バイトのお金が入ったらすぐに何とかしますとのこと。

でも今は千円札一枚で散髪ができる時代。

今どき散髪代がないなんて話が通用すると思うなよと、私は血圧を上げかけました。

 

しかし、その時ふと見た彼のブルゾンの袖は、もう本当にボロボロに擦り切れていたんです。

その時になって私は、彼が所帯持ちであることを思い出しました。

いろいろなものを優先した結果の『散髪の先送り』なんだろうなと。

 

私の喉まで出かかっていた説教は、もはや完全に止まってしまいました。

代わりに、実習までには散髪を済ませておくこと、そして今後は前もって事情を説明するよう注意をして彼をリリースしました。

 

学生の中には、まだ社会というものを身をもって体感しておらず、怖いもの知らずな態度の者もいます。

ですが一方では、プレッシャーや周囲の期待、責任などを背負っている学生もいることを、実習指導者側にも知っておいてほしいんです。

別に下駄をはかせろとか、手心を加えろとか言っているんじゃありません。

ただ、そういう覚悟で臨んでいる学生もいることを『知って』おいてもらうだけでいいんです。

 

これからの実習に求められるもの。

この記事で、ムダに周囲に威圧感を与える指導方法は意味がないと述べました。

ひどい決めつけだと思いますか?

でも居丈高な態度で生まれるのは恐怖心や嫌悪感のみであり、学生の尊敬や成長ではありません。

 

逆にわたしが敬意をはらう人物は、理学療法士に限らず何人もいらっしゃいますが、彼らの中に誰一人としてエラそうな人はいません。

腰が低くて、何よりホメ上手なんです。

相手がどんなに吹けば飛ぶような若造でも、

「いいところに目をつけましたねえ、すばらしい!!」

とほめ、相手のどんなつたない話に対しても全身を耳にして真剣に質問をする。

学生はそれに触発され、明日には質問されたことが答えられるように、さらに勉強する──

これはもういいループだと思います。

 

もうひとつ。

私のこのブログに頻繁に登場する、たけぴよ先生が、タイムリーな記事を書いています。

下の記事を「子ども」を「学生」に置き換えて読んでみてください。

まったく違和感なく読めるはずです(笑)。

結局人ひとりを伸ばすのに必要な手法は、おとなも子どもも同じなんだなと思います。

 

できないことを指摘しても、子どもは伸びない。「だったらこうしてみれば?」が子どもに自信を持たせる

 

 

これからの実習の形としてクリニカルクラークシップを取り入れている施設が増えてきました。

もちろんそれも大事です。

しかし方法だけじゃなく、今こそ指導側が今までの教育方法を見つめなおして、一枚も二枚も脱皮する時だと思うんです。

もちろん私も含めてですがね。

 

ここまで読んでいただいてありがとうございました!

 

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